2006年12月07日
萩物語
大阪での飲み会を残念ながら
キャンセルした勇気と決断は
とても効果があったようで
大阪での一夜をホテルでおとなしく過ごし
翌日は一気に絶好調に近くなる・・
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新大阪から 再度 のぞみ700系に乗車
来た来た ホームに入ってきた「のぞみ」博多行きが
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そう言えば 来夏には
新幹線 N700系が誕生するそうだ・・
時速 300km・・・・
トンネルに入る瞬間も揺れないとか
もういいんじゃないの 速いのは・・・なんて
でも 世界に誇る日本の技術だ
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車内でまたお辞儀の 連発 大安売りを受けながら
車窓から景色を見る
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東京と新大阪の間の景色と
新大阪から新山口の景色は
どこか違うように見える
東海道と 西日本では海の見え方も違う
山の形も 西日本の方がまだ
自然がそのまま残っているような・・・・
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家の形
田んぼや畑の多さ
そして自然の余裕や存在感が
ずっと違う
それだけでなく
乗り降りする人も なんだか違うような・・・?
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新山口から バスで山陰地方の 萩まで移動する
両親とご先祖様のお墓参り
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大阪から 墓参りのはしごツアーのようだ
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この歳になると
墓参りが 気持ちを落ち着かせたり
安らげてくれるのだろうか?
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それに
萩の城下町を見ていると とても心が安らぐ
自分の故郷と言うだけでなく
いまだに昔の風景が残っている
生きた歴史の街・・・
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地震もほとんど無く
中国山脈で 台風がブロックされているのも
この古い 街並みが保存されている理由の一つである・・
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3年ぶりに 両親とご先祖様の墓参りをする
あいにく 雨まじりの曇り空だった けど・・
お線香を添えて
拝んだ瞬間 パーっと陽が差した・・・・
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明るく 空に切れ目が出来て
そこから丁度 スポットライトのように
まぶしい陽が注いで照らしてくれた・・・
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あっ ・・・・ あれ・・・
ありがとう 遠い所 よく来たな・・・って
言われたような
そんな感じがした・・・
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萩の城下町は
昔の「指月城」(しづきじょう)跡の周囲に
今も そのまま残っている
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萩と言えば 萩焼・・・・
両親は 萩焼の湯飲みを使っていた
子供の頃から
金沢の 九谷焼と萩焼は
見たらすぐに分かる・・・
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焼き物なんか 普段目にもくれない自分が
この二つの焼き物を見ると
おっ と気をとられる・・・・
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その晩は 菊が浜に面した海岸沿いある
「萩一輪」という温泉宿に宿泊
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昔 子供の頃よく泳いだ
菊が浜が目の前だ・・・・
指月城跡も後ろに見える
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宿に入り 温泉につかったら驚いた
土砂降りの大雨・・・・
おー ご先祖様が墓参りが終わるまで
天気を持たせてくれたのかな? なんて
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翌日は 山口宇部空港からJALで羽田に移動する
どこを見ても
晋ちゃん グッズだ・・・・
山口出身の安倍総理誕生を祝い
晋ちゃんラーメン 晋ちゃん まんじゅう・・・
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商魂たくましい・・・
恐れ入りました
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「内田さん 出身はどちらですか?」
と聞かれると
生まれは 石川県金沢ですが 田舎は山口県の萩です・・・
そう 答えるようにしている・・・
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ほとんどの方が 萩 はいい所ですね・・・
そう言ってくれる
福島県には住めないけど??
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子供の頃 萩・津和野が
<アンアン> <ノンノ>と言う女性誌で
大々的に取り上げられて以来
大観光地になった時代があった・・・
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実家も土塀のある 古い屋敷だったので
サイクリングで若い女性が
連日見学に訪れたとか・・・
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今では すっかりブームは過ぎたが
それでも 春秋の観光シーズンには
多くの観光客が 萩を訪れる・・・
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ご先祖様 亡くなった両親に祈った
安らかに眠ってください
末裔は ちょっと変わった人生を歩んでいますけど
今後も 引き続き見守ってください・・・
そうお祈りした
ハワイの海岸の砂をお供えして
そう祈願した
投稿者
: 2006年12月07日 08:57
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